なぜ、あなたの「評価者」は、顧客ではなく上司なのか?


あなたは顧客のために働いている。そう信じ、日々奮闘しているはずです。
しかし、少しだけ立ち止まって、正直に胸に手を当ててみてほしい。顧客が本当に求めるであろう挑戦的なA案と、上司が好みそうな無難なB案が目の前にあった時、あなたはどちらを優先してきただろうか。
会議で「これは本質的な顧客価値に繋がらない」という心の声を、上司の顔色を窺って飲み込んだことは、一度もなかったでしょうか?
もし、少しでも心当たりがあるのなら、まず自分を責めるのをやめてほしい。
その判断は、意志が弱いからでも、意識が低いからでもない。それは、組織というシステムの中で生き抜くための、極めて合理的で、自然な「生存本能」なのだから。
なぜなら、あなたの給与を決め、人事評価を下し、昇進の可否を判断するのは、残念ながら顧客ではない。その時点のあなたの直属の上司なのです。
ビジネスの原則が「顧客への価値提供」であることは、誰もが頭では理解しています。
しかし、組織人としての現実は、「上司からの評価」が自らのキャリアと生活を直接的に左右する。この抗いがたい構造が、私たちの意識のベクトルを、無意識のうちに「外」から「内」へと捻じ曲げてしまうのです。顧客は遠い存在となり、上司こそが、評価という生殺与奪の権を握る、最も身近で、最も重要な「お客様」になってしまうのである。
これが、多くの企業が抱える根源的なバグの正体。
問題は、個々の社員の心構えにあるのではない。顧客よりも社内を向かざるを得ないように設計された、システムそのものにある。そして、この「評価者の逆転」というバグこそが、次に私たちが向き合うべき、さらに根深い問題――なぜ、私たちの時間は、重要でもないはずの社内業務にいとも簡単に奪われてしまうのか――の、全ての始まりなのである。
「緊急」と「重要」の天秤は、いつも“社内の音量”で傾く

意識のベクトルが社内を向いてしまうと、私たちの時間配分を決定する「天秤」にも、奇妙な狂いが生じ始めます。
多くのビジネス書では「重要だが緊急でないこと」にこそ時間を割くべきだと説かれています。しかし、現実のオフィスで、その教えを実践できている人はどれほどいるでしょうか。
私たちの脳は、顧客が抱える、静かで、しかし本質的に「重要」な課題よりも、Slackでメンションが飛んでくる、騒々しい社内依頼を「緊急」だと判断し、優先してしまいがちです。
なぜなら、社内のリクエストには、「今すぐ対応しないと、人間関係が悪化するかもしれない」「仕事ができないヤツだと思われたくない」という、短期的な社会的ペイン(痛み)が伴うからです。
顧客からの信頼を失うという長期的な痛みよりも、目の前の同僚から「反応が遅い」と思われる短期的な痛みの方が、私たちの脳にとっては、はるかにリアルな脅威のケースもあるからです。
これは、論理的な意思決定ではありません。
むしろ、集団の中で生き抜くための、本能的な自己防衛反応に近いものです。
私たちの意思決定は、顧客価値の大小ではなく、社内的な「音量」と「痛み」の大きさによって、いとも簡単にハッキングされてしまいます。こうして、重要だが静かな顧客の問題は後回しにされ、緊急に見える社内のノイズ処理に、私たちの一日は細切れにされていくのです。
「無難」という名の、最も創造性を奪う選択

評価者が上司になり、時間の天秤が社内の音量で傾く。この二つのバグが揃った時、私たちの思考は最後の砦を明け渡します。
なぜ、革新的なアイデアは生まれず、どこかで見たような企画ばかりが会議で承認されるのでしょうか。
その原因は、多くのビジネスパーソンが、無意識のうちに「顧客を熱狂させる挑戦的な答え」ではなく、「社内の誰も反対しない無難な答え」を探すようになってしまっているからです。
挑戦には「失敗」という個人的なリスクが伴います。
そして、多くの組織では、挑戦して失敗した者が罰せられ、何もしなかった者が罰せられない「減点主義」が採用されています。
この環境下では、賢明なビジネスパーソンほど、リスクを冒さなくなります。
「顧客を驚かせるかもしれないが、失敗すれば自分の評価が下がる一手」よりも、「誰も驚かないが、誰からも文句を言われない一手」を選ぶ方が、生存戦略として正しいからです。
こうして、仕事の目的は「顧客価値の創造」から「社内的な波風を立てずに、うまく立ち回ること」へと、静かにすり替わっていきます。
私たちの創造性は、顧客を喜ばせるためではなく、社内の地雷を避けるために使われるようになるのです。これこそが、「無難」という名の、最も静かで、しかし最も確実に組織の未来を殺していく、恐ろしい選択なのです。
しかし、絶望する必要はない。あなたの手には「コンパス」がある

ここまで、私たちの意識がいかにして顧客から離れ、社内へと向いてしまうのか、その構造的な病について診断してきました。
評価者は上司、時間の使い方は社内の音量に左右され、創造性はリスク回避のために使われる。気づけば、顧客のために働いているはずが、顧客の顔すら思い出せないほど、遠い場所に来てしまっている。
この現実は、決して気持ちの良いものではないかもしれません。しかし、ここで大事なのは、絶望することではありません。なぜなら、「何かがおかしい」と気づくことこそが、全てを好転させるための、唯一のスタートラインだからです。
では、どうすればいいのか。完璧な解決策や、誰にでも当てはまる魔法の地図を探す必要はありません。
そんなものは、この複雑なビジネスの世界には存在しないのですから。
必要なのは、もっとシンプルです。それは、日々の仕事の中で、自分自身に投げかける「問い」の質を変えること。
社内の常識や評価ではなく、たった一つの、揺るぎない基準に立ち返るための「コンパス」を手に入れることです。
次の記事では、そのコンパスの針を、あなたのビジネスの原点である「顧客」へと合わせるための、具体的で、明日からすぐに実践できる方法についてお話しします。
それは、小難しい理論ではありません。あなたの働き方を、そして仕事への手応えを、根本から変える力を持つ、極めて実践的な技術です。
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