前回、私たちは「答えは一つではない」という話をしました。

ビジネスには無数の最適解がある。与えられた条件、環境、リソースの中で、自分なりの道を見つけ出すこと。それこそが、考えるということだと。
しかし、ここで一つの問題が起きます。
私たちは、一度見つけた「正解」に、固執してしまうのです。
上司の言葉、成功体験、自分の哲学…それらは確かに有効でした。過去に。しかし、その「正解」を未来にも当てはめようとする時、私たちの成長は止まります。
では、なぜ私たちは固執してしまうのか。
それは、あなたが悪いからではありません。人間の脳が、そうプログラムされているからです。
人間は、本能的に「省エネ」したい生き物

想像してみてください。
あなたが原始時代の狩人だったとします。
毎日、獲物を捕るために狩りに出る。ある日、あなたは獣道を見つけ、そこに罠を仕掛けたら、獲物が捕れた。次の日も同じ場所に罠を仕掛けたら、また捕れた。
さて、三日目。あなたはどうしますか?
当然、同じ場所に罠を仕掛けますよね。
なぜなら、それが「勝手知ったる方法」だからです。毎回、新しい場所を探して、地形を調べて、罠の仕掛け方を試行錯誤するのは、エネルギーの無駄です。
人間の脳は、この「省エネメカニズム」を持っています。
一度うまくいった方法を記憶し、それを繰り返す。毎回ゼロから考えるのではなく、パターンを踏襲する。それが、生存戦略として正しかったからです。
通勤で同じ車両の同じドアから乗るのも、同じカフェで同じメニューを頼むのも、全てこの省エネメカニズムです。
そして、ビジネスにおける「成功体験への固執」も、その延長線上にあります。
「昭和の成功体験」という名の思考の檻

問題は、環境が変わっても、同じパターンを繰り返してしまうことです。
かつて日本は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれる経済的成功を収めました。その成功体験は、今の50-60代の経営層に深く刻まれています。
高品質な製品を作り、勤勉に働けば、市場は評価してくれる。それが「正解」だった。
しかし、今の市場は違います。ハードウェアだけでは勝てない。データ活用、ソフトウェア、サブスクリプション…価値の源泉が変わっている。
それでも、彼らは「昭和の成功体験」に固執します。なぜなら、それが勝手知ったる方法だからです。新しい方法を学び、試行錯誤するよりも、過去の成功をなぞる方が、エネルギーが少なくて済む。
これは、彼らが愚かだからではありません。人間の脳が、そう作られているからです。
そして、この罠は、経営層だけではありません。
あなた自身も、気づかぬうちに、自分の「成功体験」や「自分の哲学」という名の檻に閉じ込められているかもしれません。
固執は、安心をもたらす。しかし、視野を奪う。
固執することは、悪いことではありません。
むしろ、それは安心をもたらします。「この方法なら大丈夫」「これまでもうまくいった」という確信は、不安を和らげ、行動を加速させます。
しかし、その安心の代償として、あなたの視野は狭くなります。
同じ方法を繰り返すうちに、他の選択肢が見えなくなる。新しい視点を受け入れる柔軟性が失われる。そして、環境が変わった時、あなたは取り残されます。
バイアスは、気づかぬうちに忍び寄る。
上司の言葉を絶対視し、自分の哲学に固執し、成功体験を疑わない。その瞬間、あなたの思考は停止します。
自己を定期的に「危険」にさらせ

では、どうすればいいのか。
答えは、自分を定期的に危険や冒険にさらすことです。
勝手知ったる土地ではなく、知らない土地で狩りをしてみる。いつもの車両ではなく、違う車両に乗ってみる。慣れた方法ではなく、新しい方法に挑戦してみる。
チャレンジしている者だけが、自分のバイアスに気づける。
なぜなら、チャレンジは「失敗」を伴うからです。そして、失敗した時、初めて「あれ、この方法は通用しないのか?」と気づく。その気づきが、認識を変え、改善につながります。
逆に、同じ方法を繰り返している限り、あなたは「うまくいっている」と錯覚し続けます。環境が変わっていることにも、自分の視野が狭まっていることにも、気づかないまま。
触発されることを恐れるな。
上司の言葉、顧客の意見、業界のトレンド、異なる価値観…それらに触れることで、あなたの思考は揺さぶられます。その揺らぎが、あなたを成長させるのです。
柔軟性と一貫性のバランス
しかし、ここで誤解してはいけません。
「固執するな」とは、「すべてを疑え」「軸を持つな」という意味ではありません。
柔軟性と一貫性は、両立します。
あなたには、譲れない価値観があるはずです。「これだけは信じている」という軸。それは、捨てるべきではありません。
しかし、その軸を守りながらも、手段や方法は柔軟に変えていく。それが、成長し続けるビジネスマンの姿です。
例えば、「顧客に価値を届ける」という軸は変えない。しかし、その手段が「ハードウェア」から「ソフトウェア」に変わることは受け入れる。
例えば、「チームを大事にする」という軸は変えない。しかし、リモートワークという新しい働き方は試してみる。
固執せず、しかしブレない。それが、私たちが目指すべき思考法です。
あなたは、自分で考えるという「決断」をしたでしょうか。情報を識別し、参考にしつつ依存せず、最後は自分の頭で考える。その覚悟について、話しましょう。


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